アメリカ行こうよ!

 コーキにそう言われて、アカネはアメリカに行く気になった。
 サスケハナ河に行ってみたいと前から思っていたのだが、急に決まったことなので、アカネはほとんど荷物も持たず、小さなリュックを一つ背負って、サンダル履きで空港行きのバスターミナルに向かった。
 コーキは黒の背広を着て、足元に大きなトランクを置いてアカネを待っていた。
 コーキのトランクには一面に大小のステッカーが貼ってあった。それはコーキのお祖父さんが若いころに使っていたトランクだ。
 ターミナルには甲虫のような平たい車体が一列に並んでいた。
 そのうちの一台に乗り込んでみると、他の乗客はすでに座席についており、シートを倒して仰向けになっていた。
 アカネとコーキはいちばん後ろの座席に並んで座った。バスには運転席がなかった。
 バスの天井は低いアーチ型で、鉄の枠が格子状に張り巡らされ、その枠の一つ一つに厚い青の色硝子がはめ込んであった。
 一列に並んだバスの後ろにはそれぞれ二人ずつ係員が控えている。円筒形の帽子と制服の係員が路面に据えつけられたレバーを倒すと、バスはバネで弾かれたように前方に飛び出し、ものすごいスピードで走って行く。
 横一列に並んだバスは次々と発車し、残ったのはアカネたちの乗ったバスだけになった。
 アカネが首をねじ曲げて後ろを見ると、色硝子の向こうで二人の係員がレバーを押し倒すのが見えた。しかしレバーは途中で二つに折れてしまい、バスはほんの数メートル進んだだけで停止してしまった。
 最初の出発点からこんな調子では、この先何が起こるかわからないと、アカネは思う。
 二人の係員は、へし折れたレバーを引っ張り合って激しく口論している。その間にバスは自力で動き出して、ののしりあいを続けている二人の係員の姿がだんだん遠ざかって行く。

 バスはかすかにきしるような金属音をたてて、蛇行する道路を右に左に傾きながら静かに進んで行く。その揺れ方が普通の車のそれとは違い、揺れに身を任せているうちに、倒したシートの上でまっすぐに伸ばした体の足元のほうから冷たくなってきて、アカネは船酔いに似た軽いめまいを覚えた。
 バスは路面から少し浮きあがっているらしく、カーブにさしかかって車体が大きく傾くたびに道路際の植え込みが目の下に見える。
 アカネはバスだとばかり思っていたのだが、この乗り物は一種のホバークラフトみたいなものらしい。
 うねうねと続く緑の丘陵の中の道を進んで行った果てに、広々とした滑走路らしきものが見え始め、アカネは胸を躍らせた。
 真新しいアスファルトの上にくっきりと白いラインが幾条も引かれ、その上を小さな車が行ったり来たりしている。遠くに管制塔がかすんで見える。吹流しが風の向きを伝える。

 高台の公園から海を見下ろす。
 公園の中央には土を盛って小山が造成されていて、頂上に東屋が見える。小山の斜面にはコンクリート製の滑り台がらせん状に巡らされ、外国人の子供たちが歓声をあげて滑り降りてくる。
 もう日が暮れる。沖合いの暗がりに何かの光が点滅する。公園の海に面した際に立って、海上を渡ってくる風に当たっているコーキの頭が、電球のようにぼんやりと光っている。


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