砂漠を駆け巡る


 最初にその二人の若い女を見たのは夢の中でだった。
 中央線の線路沿いに、レンズのような分厚いガラスを嵌め込んだ丸窓が並ぶ灰色の古ビルがあり、二人はそのビルから走り出てきたのだ。
 警報音とともに下り始めた遮断機のバーをかいくぐり、二人は私の目の前を鈴の音を響かせながら走り抜けて行った。二人とも両胸にアウトポケットのついた迷彩柄のパーカーを着てカーゴパンツを履いている。一人は肩からアルミケースを提げている。
 ポプラ並木が銀白色の葉裏を見せてざわめき立つ中を、風に逆らって走る二人の女の髪が動物の尾のように後ろに靡く。
 二人の名を仮にアカネ、サラとする。アカネは世界の紛争地域をフィールドワークする国際政治学者、サラは戦場写真家である。二人はこれから日本を離れ、戦火の国へと向かうのだ。明らかに米軍仕様の迷彩パーカーで紛争地域に乗り込むのは愚かな話であり、多分途中で現地人風の衣装に着替えるのだろうと、鈴の音を聞きながら私は思う。
 
 風に吹き上げられた砂粒が乾いた草の葉に当たる微かな音が、気流と地形の関係で極度に増幅され、太鼓を連打するような音に聞こえることがあると、「砂漠通信」と題するアカネのレポートで読んだことがある。アカネは十代の頃に読んだモーパッサンの小説でそのことを知り、アフリカのフィールドワークで実際にその音を聞いたという。
 戦場となった土地には花が咲き乱れる。塹壕敷設や爆撃によって土地が掘り返され、地中の種子が地表に出て芽吹くのだ。そんな戦場の花ばかりを撮影したサラの写真展を私は銀座の三越に見に行った。後にそれらの写真の一葉がべネトンの広告に使われ、死んだ兵士の周囲に広がる血溜りの中に咲く白い花を撮ったその広告写真を私はロンドンの地下鉄構内で目にした。
 アカネとサラの二人がテロの首謀者との会見に赴いたまま消息を絶ったというニュースを聞いたのは、ベネトンのいやみな広告を見てからしばらく後のことだった。
 それから今日まで、アカネとサラの消息は不明のままである。

 高原地帯にいるせいか、私の旧式テレビは近頃映りが悪い。
 天幕の中で胡坐をかいて何度もチャンネルを変えているうちに画面が真っ暗になった。画面の上辺の細い空間だけが血のように赤黒く、雲らしきものの陰影が右から左にどろどろと流れて行く。
 その赤黒い隙間のような空間に白く光る光の点が現れ、大きくSの字を描きながら画面の黒地の上を素晴らしい速度で手前に走ってくる。それは白い髪を後ろに靡かせて走る若い女であり、恐怖に顔が引きつっているが国際政治学者のアカネだとわかる。アカネは黒地の上に滲みるようなS字光跡を残してフレームの外に消える。続いてもう一つの光点が現れ、それも弾丸のような速度で手前に接近してくる。やはり白い髪の若い女であり、戦場写真家のサラである。  
 二人は高原地帯に潜伏している私の捕虜としてテレビの中に捕われており、永遠に黒い砂漠を走り続ける。

目次に戻る

表紙に戻る

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送