通り魔

 いつかそんなことが起こるのではないかと考えていたのだが、予感が的中した。
 白昼の駅の構内に日本刀を持った男が侵入し、ホームで電車を待っていた人々を無差別に斬殺したのだ。
 朝刊の第一面には写真入りの記事が載っていた。
 
 「白昼の通り魔」
 「三十人を殺害」
 「血に染まる白衣」
 
 大きな白抜きの見出しを目の隅にとらえながら、私は写真に見入っていた。
 写真には、線路の脇にずらりと並べられた犠牲者の死体が写っていた。
 サラリーマン風の男、学生らしい若い男、ハンドバッグをしっかりと抱えたまま死んでいる三十前後の女。女の腹の上にはおかっぱ頭の幼女がうっすらと目を開けて横たわっている。一度切り離された首を再びつなげたらしい死体もある。首の付け根のあたりに白い布が巻いてあって、顔が見当違いの方向を向いている。大量の血が流れたはずなのに、写真には血の色も気配もなく、死体は静かに眠っているようにも見える。
 社会面を開くと、そこにはプラットホームを走る救急隊員の連続写真があった。駅舎に隣接するビルの窓からでも撮影したものらしく、ホームを斜め上から見下ろす角度になっているので顔は定かではない。白いヘルメットと白衣の四人の男が、ズタズタに斬られた背広の男を担架に載せて走って行く。背広は切り刻まれて、男の体にまつわりつく海草のようにひらひらと風になびく。
 切断された手首が手袋のようにホームにぺたりとへばりついている写真もあった。手首の前方で、カバンを提げたセーラー服の少女が内股になって立ちすくんでいる。
 あとは大勢の人が走る写真ばかりだった。人物が流れてしまっているので、どういう状況を写したのかよくわからない。縦横に走る灰色の流線の中に、虚ろな人の影が垣間見える。
 線路の上を電車と並行して走る人、線路に沿って咲いている花、アジサイ、グラジオラス、階段を駆け下りる人、駆け上がる人、何十人、何百人という人が集団になって、もうれつな勢いで走っているのだ。薄暗いコンコースに円柱が立ち並び、円柱の陰に手押しのポンプ車らしいものが見える。車の上に鉄製の円筒が載り、円筒の側面に木の取っ手のついたハンドルがある。円筒の上部にはプロペラがあり、ハンドルを回すことによりプロペラが回転する仕組みになっている。プロペラの羽は鋭い日本刀の刃である。刃は二枚重ねになっている。
 ポンプ車は円柱と円柱の間を行ったり来たりしはじめた。時折、無数の刃を垂直に立てて、傘を閉じるように一本にまとまったかと思うと、ばらりと広がり、左右に緩やかに回転させたりしている。
 再び人を襲うつもりなのだろうか。
 唸りをあげて回転するプロペラに巻き込まれたらひとたまりもない。
 私は後ずさりしながらその場を離れ、ポンプ車に背を向けて走り出した。
 私の前を走っている女のハンドバッグがパタパタと鳴っていた。留め金が外れているのだ。
 私はホームに通じる狭い通路を走っていた。前にも後ろにも鼻の穴を膨らませた人がいて、みんな同じ方向に走っていた。
 上の方で発車ベルがけたたましく鳴っている。もう電車が出てしまうのだ。私は手に持った一振りの日本刀を投げ棄て、走る速度を速めた。
 急がなければ間に合わない。 


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