My Little Girl

 風。
 ハイウェーは急勾配に差しかかる。
 勾配の頂の向こうに、青と赤の三角旗の列が翻る。
 真っ暗な青空の中に光の矢が降り注ぎ、離陸して行く飛行機の巨大な灰色の腹が視界を遮る。
 私の車も、周囲を流れる車も、まるでカヌーのような形をしていた。ドライバーはカヌーの中でほぼ仰向けに体を伸ばし、両手でオールのようなハンドルを握り、舳先の袋状になった部分に両足を突っ込んで交互にペダルを踏む。エンジンは吹流しが風に煽られるような騒々しい音をたてるが、その音は耳障りではない。
 私の横を一台のカヌーが追い越して行く。乗っているのは白人の男女だった。日焼けした男のむき出しの太い腕の産毛が金色に輝きいている。栗毛の女が男の体にもたれかかるようにして、こちらに顔を向けている。頭にはスカーフを三角にかぶり、サングラスをかけているので、その目がどこを見ているのかわからない。
 ハイウェーの勾配を上りつめると風景が開けた。
 眼下にはジオラマのような都市ファンタウンが広がっている。異国風の塔が立ち並び、その間を縫うようにジェットコースターのレールが高く低くうねりをつくって走る。緑の中に公園があり、噴水から迸る水しぶきが虹をかける。彼方の丘の上には観覧車が回転し、その上空を数機のヘリコプターが旋回する。街全体が一つの機構のようにめまぐるしく動き回る、アミューズメントと金融ビジネスが融合した都市。
 車はハイウェーの下り勾配を素晴らしい速度で滑り下り、都市へと吸い込まれて行く。
 市庁舎のロビーの床はでこぼこした石畳だった。庁舎内は薄暗く、壁面には釣鐘型に刳り抜かれた窓口が半円形に並んでいた。
 ひとつの窓口の前に立つ。
 窓口には白人の若い女が座っていた。Morbidな感じのする黒い服を着ているので、女の顔はいっそう白く見える。青白い額の右側から鼻筋をまたいで左の頬にかけて、ソバカスが帯のように流れている。
 「入場されるかたは、ここで歯を見せてください」
 女に言われるままに、私は口を左右に広げて歯並を剥き出して見せた。
 女は私の口を上目遣いに見上げながら、「入場は許可できません」と言った。
 「何故です。理由を説明してほしい」
 私は釣鐘型の窓口に首を突っ込んで異議を唱えた。
 「この町には美しい歯の持ち主でなければ入れません」
 「何だ、その美しい歯というのは。何を基準にして美醜の判断をするのか聞かせてほしい」
 私は窓口に首を突っ込んだまま、両手でつめたい大理石の壁面を叩いて抗議した。
 「では、私の歯をみせてあげます」
 女は「イーッ」と言いながら口を左右に広げて歯並を見せた。
 女の歯は水晶のように透き通っていて、透明な歯を通して、口の中で舌がのろのろ動いているのが見えた。
 透き通った歯の中に、小さな石のかけらのようなものが見える。顔を寄せて見ると、女の歯の中には精巧に彫られた小さな観音像が埋め込まれているのだった。



 Images from
 “MY LITTLE GIRL” from “Rev. Martin Luther King, Jr.: We Shall Overcome” CD


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