「散歩の手帖」から Refill U


 海面がざわめき立ち陸地が姿を現すというより水面が煮凝って陸地を形成する。陸地は森林に覆われ、緑の葉の一葉一葉が鉛色の雲間から差す光を浴びて光る。
 無数の葉から滴るしずくが黄金色の雨となり、折からの風に運ばれ樹間を渡る。陸の中心部に樹木が疎らな箇所があり、捩れたクスノキの枝越しに公園が見える。
 着陸してみると陸地は小山でありその斜面を取り巻いてインクラインが走る。
 幾重にも連なる煉瓦のアーチ上にインクラインはあり、その縁伝いに頂を目指す。公園は小山の頂上にある。
 インクラインに沿って小山を登る。傾斜地のそこかしこに木の間越しにこちらを窺う彫刻がある。円い穴が並ぶ鉄板を組み合わせて人の形を作ったもので、頭部は平たい円盤となっており、その中心に穴がある。穴の向こうに半ば土に埋もれた古い墓がある。傾斜地一面が外人墓地になっている。彫刻の顔の穴は、目のように見えるが目ではない。しかしこちらを見ている。こちらを見ているのは彫刻なのか外人墓地に葬られた人なのか?服のつもりか、彫刻はどれも襤褸布を纏っている。「鉄骨人間登場」とつぶやいてみる。
 公園のある頂上に登りつめると、陸地は上空から見たときよりも巨大になり、その裾野を彼方まで広げていた。遠くゆるやかな稜線を描いて緑の山が連なり、その合間に湖が見える。
 山脈の手前には都市が広がり、傾斜地の鉄骨人間と同様、円い穴が並んだ鉄骨を組み合わせた巨大なロボットが大小のビル群の間を緩慢な動作で行き来している。四足獣に似たロボットの背中から長い首にかけてベルトコンベアがあり、その上を袋詰のセメントが流れて行く。セメント袋はロボットの頭部まで運ばれて行くと、向かい合わせに待機している別の四足獣ロボットの開いた口で受け止められ、更に別の四足獣へと受け渡されて行く。
 都市建設を眺望している間に、傾斜地に散在していた鉄骨人間に包囲されつつあった。身に纏った襤褸布を風にはためかせ、緩やかに傾斜した公園の草地を鉄骨人間が四方から登ってくる。その周辺を草でできた自動車が行ったり来たり。草の自動車は風を動力とする。
 徐々に包囲網を狭めて来る鉄骨人間の中には、植物化しているものもあり、顔が枯れたヒマワリに変わっていたりする。長い黒髪を翻らせているのは女なのか?
 公園の中心部から迷路のように複雑に枝分かれして広がっているコンクリートの滑り台を這い登り、その頂上に立つ。建設途上の都市のいたるところに白い水柱が噴き上がり、都市全体が水煙に霞んでいる。陸地は再び水に戻り始め、四足獣たちが海の中に次々と崩れ落ちて行く。
 上空のヘリコプターから投げ落とされた縄梯子をよじ登ろうと手をかける。蒼黒い海がすぐそばまで忍び寄っている。自分の体の形が崩れ、水に溶け込んで行く。もはや陸地も鉄骨人間も消え失せ、目路遥か波打つ海の波頭のひとつとなって私は、ヘリコプターの通信機とステーションがやり取りする音声を、夢見心地に聞いていた。
 ・・・乙女座のスピカから・・・
 ・・・公園が消えた・・・
 
 
 
* 通信音声の部分は寺山修司脚本、佐々木昭一郎演出のラジオドラマ「コメット・イケヤ」より引用
Images from
「惑星ソラリス」 DVD アンドレイ・タルコフスキー演出

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