吸血鬼レニン


1.「われわれはエジプト人じゃない」

 モスクワ・赤の広場のレーニン廟から、革命家・レーニンの遺体が盗み出される。ロシア政府がレーニンの遺体埋葬の決定を下した矢先の出来事であったため、事件は世界の耳目を集める。ロシアの官憲が威信を賭けて遺体の行方を追うが、杳としてつかめず迷宮に入る。

2.奇病の伝播

 人々が事件を忘れかけた頃、経済の低迷が続く北海道で奇妙な失血死事件が相次いで発生する。犠牲者は無職の、または底辺の労働に従事する若い男女ばかりである。発病した患者は貧血症状を繰り返し、徐々に衰弱して死に至る。遺体には一滴の血液も残っていない。「まるで誰かに血を吸い取られたように」と一人の医師は表現した。さらに、犠牲となった若者の遺体が、搬送された病院から次々と消失してしまう。奇病の原因も遺体消失の真相も解明されず、人々の間に不安が広がる。やがて北海道の各地で騒乱が起こり始める。死んだはずの若者たちが集団となって町や村を襲撃し、住民たちを殺戮するのだ。標的となるのは同世代の若者ばかりである。検死の結果、被害者の死因はすべて失血死だった。そして殺害された若者は殺人鬼となって蘇り、殺戮集団に加わって行く。若者たちの数は日毎に増加し、ついに「札幌騒乱事件」が起こる。

3.舞い降りてくる人の輪

 暮れて行く深紫の空の中に透き通った白い影が舞う。海の中を魚が回遊するように。影は市街地の上空に群れ集い、美しく螺旋を描きながら徐々に降下してくる。地上の人々は、それが人間であることに気づく。光線の加減か、空飛ぶ人のからだの中の骸骨が透けて見える。空を舞い降りてくる人の輪が崩れて四方に散り、地上の人々に襲いかかる。一瞬で喉を噛み切られ倒れ伏す人々。恐慌に駆られて逃げ惑う人々を追って、若者たちは蝙蝠のように空中を縦横に飛び交う。ビルの窓を破って侵入し、中にいる人々を無差別に襲い、さらに地下街を混乱に陥れる。パニックによる失火がガス爆発を誘発し、地上の至るところに火柱が噴き上がる。交通は遮断され、町のあちこちに死体が散乱する。混乱に乗じて、ある革命党派が道庁と警察署、そして放送局を武力制圧する。サーチライトの光が交叉する夜の空に革命党派の演説が遠くこだまする。事態を収拾するため、道知事は国防軍の治安出動を要請する。

4.火のしずく

 一人の労働者が国防軍に情報をもたらす。彼はある医科大学の教授の依頼を受け、ロシア船籍の貨物船から荷物を受け取り、教授の下に届けた。荷物は厳重に封印された巨大な木の箱であり、陸揚げしてトラックに積み込み、教授の研究所に運び入れるまでの間、箱の中で絶えず何かが動き、異様な声をあげるのが聞こえた。労働者の耳には、その声がロシア語に聞こえたという。「アーシア、アーフリカ、アミエーリカ、イヨフルオッパ、アフストレーリヤ・・・」声は呪文のようにそう繰り返していた。
 国防軍は教授の身辺を捜査し始める。その結果、教授が札幌市街地を制圧した革命党派のシンパであることが判明し、さらにロシアに頻繁に入国していたことも確認される。国防軍は教授の研究所を包囲し、教授の身柄を拘束する。そして研究所の地下室で問題の木箱を発見する。木箱が開いて中から一人の男がさまよい出る。ムンクの絵画「叫び」の人物のような髪のない頭、蝋のように青白い顔、磨り減った鼻、金色の目、濡れて光る牙・・・その男は血のように赤黒いマントに身を包み、その裾をはためかせながら空中を滑るように襲いかかってくる。
 教授はレーニン廟から遺体を盗み出し、蘇生薬を投与して蘇らせたうえで貨物船に乗せ、日本に送り出したのだ。そして、蘇った遺体は吸血鬼となって若者たちを襲い、奇病を蔓延させたのだ。国防軍は正体を現した吸血鬼に銃弾を浴びせ、その胸に深々と杭を打ち込み、教授の研究所を焼き払う。
 国防軍は地上戦による札幌市街地の奪還を計画するが、革命党派に軍の一部が関与していることが判明する。事実を隠蔽するため、中央政府は国防軍に札幌市街地空爆を命じる。
 深夜、送電を切断された札幌市街の上空に爆撃機の影が黒々と忍び寄る。火のしずくが一滴、闇の中に音もなくしたたり落ちる。闇に閉ざされていた地上が閃光に明々と照らし出され、市街地は渦巻く火炎の中に崩れ落ちる。

5.「柔軟な労働力」から「柔軟な兵力」へ

 革命党派と吸血鬼集団は殲滅され、北海道は封鎖される。北海道全域に国防軍が展開し、吸血鬼となって散発的に騒乱を繰り返す若者たちを鎮圧する。しかし、若者たちの一部はすでに本州に侵入していた。
 中央政府は北海道における一連の事件を「社会に不満を抱く若者とそれを煽動する革命党派によるテロ事件」として公表する。
 「社会に居場所を見出せず、労働に従事することも、人と交わることもなく底辺に沈殿する若者たちの怨恨感情が暴力となって噴出し始めている。」
 「彼らは、犯罪者予備軍である。」
 政治家たち、学者たちは繰り返し警告する。
 人々は若者たちを恐れ、敵視するようになって行く。各地で次々と若者たちが捕えられ、連れ去られる。彼らは吸血病感染の有無を検査され、その兆候のある者は生体実験や生体解剖の材料にされた挙句殺される。健康な若者たちは男女の別なく強制的に国防軍に入隊させられ、兵力として海外の紛争地域に送られる。反抗する者は収容所に入れられ、息絶えるまで過酷な拷問を加えられたり、軍の実弾演習の標的にされたりする。中央政府と国防軍の方針を批判する者は激しい弾圧にさらされる。
 こうして社会は徐々に安定を取り戻し、平和が回復する。
 

 
 Images from
 「希望格差社会」 山田昌弘(著) 筑摩書房
 「下流社会 新たな階層集団の出現」 三浦 展(著) 光文社新書
 「呪われた町」上・下 スティーブン・キング(著) 永井淳(訳) 集英社文庫
 「死霊伝説 完全版」DVD トビー・フーパー(監督) ワーナー・ホームビデオ 
 「ブルー・クリスマス」ビデオ(廃盤) 岡本喜八(監督) 2006年DVD発売予定

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